過去のテンバガーは何年目で最大の下落を経験しているか
何年目という問いに答えがない理由
まず、この問いに単一の年次で答えられない理由を確認する。
最も基本的な要因は、10倍に達するまでの期間そのものが銘柄によって大きく異なる点にある。年率8%で推移すれば10倍に達するまでに約30年を要し、年率50%であれば6年未満で到達する。どちらも10倍という結果は同じだが、経過する期間は5倍の開きがある。100倍に達した銘柄では平均で26年を要したとされ、20年から25年という整理も示されている。到達までの期間がこれだけ幅を持つ以上、下落の時期を何年目という共通の物差しで語ることは難しい。
下落が1回で終わらない点も、時期の特定を困難にする。100倍に達した銘柄の多くは50%の下落を複数回経験しており、75%以上の下落も1度ならず通過した例が少なくないとされる。ある銘柄では、最も成績の良かった対象が半減を少なくとも3回経験している。複数回の下落があるとき、最大のものがどれかは事後にしか確定しない。
上昇の起点をどこに置くかによっても、答えは変わる。100倍に達した銘柄の68%は、最も安い時点で時価総額3億ドルを下回っていたとされる。この安値をつけた時期が上昇の起点であるなら、それ以前の下落は保有期間の外側で起きたことになる。他方、安値に至る前から保有していた投資家にとっては、その下落こそが最大のものとして経験される。同じ銘柄でも、いつ取得したかによって最大下落の時期と深さが異なるという構造にある。
したがって、この問いに対して実務的に意味のある答えは、年次ではなく確率と構造の側にあるとみられる。何年目に来るかを特定するのではなく、保有期間のどこかで高い確率で訪れるという前提を置き、その下落がどのような性質を持つかを理解する方向になる。
集計そのものが持つ性質にも留意が要る。10倍に達した銘柄を対象とする分析は、結果として10倍に達した対象のみを集めている。同じ深さの下落を経験しながら回復しなかった銘柄は、この集計に含まれない。したがって、50%の下落を経験した銘柄がその後10倍になるという読み方は成り立たない。示されているのは、10倍になった銘柄が過去に50%の下落を経験していたという事実であり、因果の向きが逆になる。
この区別は実務上の意味を持つ。下落の最中にある銘柄について、テンバガーも下落を経験するという事実を根拠に保有を続ける判断は、集計の性質を取り違えた推論になりうる。下落を経験することは10倍に達する条件ではなく、10倍に達した銘柄に共通して観測された履歴にすぎない。同じ下落を経験しながら回復しなかった銘柄の数は、この集計からは把握できないとみられる。
下落の深さと期間の関係
下落の時期は特定できない一方、下落の深さと所要期間には明確な関係が観測される。
1985年から2024年までの米国株を対象とした分析では、最大下落の深さによって、頂点から底までに要する期間が大きく異なるとされる。下落率が0%から50%の区分では、頂点から底までに平均で1年を要する。他方、95%から100%の区分では6.7年を要する。深い下落ほど、短期間で一気に起きるのではなく、年単位で進行する現象として現れるという構図になる。
回復に要する期間にも同じ傾向が現れる。従前の頂点まで戻った銘柄について見ると、0%から50%の区分では平均1.5年で回復するのに対し、95%から100%の区分では8.0年を要するとされる。下落に6.7年、回復に8.0年を要するなら、頂点から頂点までの往復に15年近くを費やす計算になる。
回復できるかどうかにも差がある。0%から50%の下落を経験した銘柄では、5分の4が従前の頂点を回復するのに対し、95%から100%の下落では6分の1にとどまるとされる。80%以上の下落を経験した企業の過半は、元の水準へ戻らないという整理も示されている。下落が深いほど、回復の確率そのものが低下する構造にある。
深さと期間の関係を整理すると、次の構造が観測される。
最大下落率 | 頂点から底まで | 頂点への回復期間 | 回復した比率 |
|---|---|---|---|
0%から50% | 平均1年 | 平均1.5年 | 5分の4 |
95%から100% | 平均6.7年 | 平均8.0年 | 6分の1 |
この関係が示すのは、深い下落が瞬間的な出来事ではなく、数年にわたる過程だという点とみられる。下落の最中にいる投資家にとって、それが一時的な調整なのか構造的な悪化なのかを判別する材料は乏しい。6.7年という期間は、判断を保留し続けるには長すぎ、明確な結論を出すには材料が足りないという状態が持続することを意味する。
下落の後に何が起きたか
深い下落を経験した銘柄のその後には、対照的な2つの側面が観測される。
一方の側面は、下落後の収益率が高いという点である。同じ分析では、95%から100%の下落を経験した銘柄群の、底からその後5年間の年率収益率の中央値は54.9%、10年間では32.6%とされる。0%から50%の区分では、それぞれ23.3%と19.0%となる。深く下落した銘柄ほど、底からの回復局面での収益率は高いという関係が示されている。
他方の側面が、複利の計算が示す限界である。100ドルの株価が5年かけて半分ずつ下落を繰り返して3.13ドルとなり、その後5年間で年率50%の上昇を続けても、到達するのは23.73ドルにとどまる。底からの上昇率が高いことと、当初の水準へ戻ることは別の事柄になる。高い年率収益率が、必ずしも保有した投資家の回復を意味しない構造がここにある。
この2つの側面をどう捉えるかは、どの時点で保有していたかに依存する。底の近辺で取得した投資家にとって、54.9%という数字は現実の成果になりうる。頂点で取得した投資家にとっては、同じ上昇局面を経ても当初の水準に届かない。同じ銘柄の同じ期間が、取得時期によって正反対の経験になる。
具体的な事例も、この構造を示す。ある動画配信企業は2011年に事業上の判断をめぐって4か月で77%の下落を経験した。その後、同社は判断を修正し、下落前の水準から27倍に達した。この局面で保有を続けた投資家と、下落の途中で手放した投資家では、結果が大きく分かれる。同時に、判断の修正が行われず下落が定着する事例も存在する以上、保有を続けることが常に正解になるわけではないとみられる。
この事例で注目されるのは、下落の速度と回復の速度が非対称だった点である。77%の下落は4か月で完了した一方、その後の27倍への到達には年単位の期間を要した。下落は短期間で集中的に進行し、回復は長期にわたって漸進的に進むという時間の非対称が、投資家の判断を難しくする要素になると考えられる。下落の局面では判断を迫られる時間が短く、回復の局面では成果が現れるまでの時間が長い。
下落の原因が何であるかも、その後を分ける要素とみられる。この事例では、事業上の判断が下落の直接的な契機となり、その判断が修正されたことで回復の道筋が開かれた。修正が可能な性質の問題と、事業の構造そのものに関わる問題では、下落後の展開が異なる。下落の深さだけでなく、何が下落を引き起こしたのかを識別する作業が、判断の材料になると考えられる。
複数回の下落を経験するという点も、この文脈で意味を持つ。100倍に達した銘柄の多くが50%の下落を複数回通過している以上、1回目の下落を乗り越えたことが2回目を保証するわけではない。それぞれの下落は異なる原因で生じ、異なる結末を迎えうる。過去に回復した実績があることは、次の下落でも回復するという根拠にはならないとみられる。
3年から5年の時間軸で何を意味するか
以上の構造を、数年の時間軸で銘柄を追う立場から捉え直す。
まず、下落を経験する確率は高いという前提が置ける。100倍に達した365銘柄のすべてが50%の下落を経験し、直近5年の10倍銘柄でも最大下落率の中央値が56%であることを踏まえれば、上昇する銘柄を数年保有する過程で大幅な下落に遭遇しないほうが例外的といえる。下落の発生そのものは、想定の内側に置くべき事象になると考えられる。
次に、下落の深さによって性質が異なるという点が実務に関わる。50%程度の下落であれば、平均1年で底をつけ1.5年で回復し、5分の4が従前の頂点を回復する。他方、80%を超える下落では、回復しない例が過半を占める。同じ下落という言葉でも、深さによって示唆する内容が異なるとみられる。深さは、保有を続けるかどうかの判断において、下落の事実そのものより多くの情報を含む可能性がある。
3年から5年という時間軸との関係でも、含意がある。深い下落が底をつけるまでに6.7年を要するという数字は、この時間軸を超える。仮に保有期間の初期に深い下落が始まれば、想定した期間の全体が下落の過程に収まる場合もありうる。時間軸を設定することと、その期間内に成果が現れることは別の事柄と考えられる。
判別の材料についても示唆がある。前稿で扱ったように、企業の生存と株主価値の生存は分岐しうる。下落の最中に確認できるのは、株価の水準ではなく、事業の状態と資金の状況になる。発行済株式数の推移、現金の残りと消費の速度、事業の指標が改善しているかどうかは、下落の深さとは独立に確認できる。判断の基準を株価に置くと、下落の深さが判断を左右してしまうため、株価以外の基準を持つことに意味があるとみられる。
取得の時期という論点も、この文脈で重要になる。100倍に達した銘柄の68%が最安値の時点で時価総額3億ドルを下回っていたという集計は、上昇の起点が小さな規模にあったことを示す。同時に、複数の下落局面が存在したことは、取得の機会が1度きりではなかったことも意味する。上場の初期に取得する必要はなく、下落の局面で取得する経路も存在したという整理が示されている。他方、その下落が取得の好機だったのか、回復しない下落の入り口だったのかは、その時点では判別しにくい。
実務的には、下落を単一の事象として扱わない姿勢が要ると考えられる。深さ、期間、原因、その間の事業の推移という複数の側面を分けて見ることで、同じ下落率でも示唆する内容は変わる。株価が半分になったという事実だけでは、判断の材料として不足するとみられる。
最大下落が何年目に訪れるかという問いに、データは単一の答えを与えていない。与えているのは、それがほぼ確実に訪れること、深さによって回復の見通しが大きく異なること、そして深い下落は年単位で進行する過程だという構造である。時期を予測することはできない一方、訪れた際にどう扱うかを事前に整理しておくことは、局面の判断とは独立に進められると考えられる。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断は自己責任で行うものとし、記載内容の正確性・完全性について保証するものではない。
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